「博士。例の研究ははかどってますか?」
「うるさい。少し待っておれ。やいのやいの…」
「しかし、研究発表まで日が…」
「そのときは時空でもねじ曲げたるわい」
無為
人生とは、無為を渇望する空虚な刹那を彷徨う過程。
やがて、その真理に到達し得ぬまま、その過程の幕を閉じる。静かに、或いは、ひっそりと──。
故に、人とは脆く儚く絶望的に哀れなのだ。
救い難いほどに救われない存在。
故に、足掻く、藻掻く、苦しむ、悩む──。
意識世界が侭成るうちは望もうが望むまいが悉く継続される。
無為を渇望する必然。
ないからこそ掲げられる至高の理想形。
それが我々の意識世界を巣食っている自然の摂理。宇宙の法則。
わたしは、大いなる自然の摂理、宇宙の法則をねじ曲げてでも、
地涯て、海枯れるまで、
あなたを想う──。
魂器必滅の必然を噛み締めつつ、
我が魂の命ずるままに──。
雇用者と被雇用者の特別会議
「どうした? 眠れないのか?」
「ああ。そんなとこだ」
「何故?」
「理由を云えば解決するのか?」
「そう突っ掛かるなよ」
「煙草を喫ってるだけさ」
「何本目だ? 喉のことはお構いなしかよ」
「煙が眼に滲みた言い訳がし易い」
「眼を閉じれば滲みることもないぜ」
「眼を閉じると、浮かぶものは決まってるのさ」
「それは?」
「大事なものだよ──」
「ほう。だったら嬉しいことじゃないか」
「嬉しくなくても人は笑うのさ」
「安心しろ。伝わってるさ」
「どうだかな。俺のアテは当たることのほうが少ない」
「確率の問題じゃない」
「じゃ、何の問題なんだ?」
「魂さ」
「フッ。たまには良いこと云うんだな?」
「ああ。突然変異と天変地異の併せ技みたいなものさ」
「フフ。いいな、お前は」
「何故?」
「眠らなくても存在できる」
「ああ。『魂』だからな」
「違いない」
「余り俺を粗末に扱うなよ?」
「誰が? 俺がか?」
「ああ。磨り減ってしまうぜ」
「企業努力でカバーしろよ」
「それはお前次第だろう? 従業員はお前だけだぜ」
「フフ。酷な経営者だ。それじゃ誰も付いて来ないさ」
「それはお前も知ってるだろう?」
「ああ。だが、逃げられない」
「どうした? まだ、眠れないのか?」
「ああ。眠れない時には無理に眠ろうとはしない。脳天が痺れるまで引っ掻き回すだけさ」
「馬鹿な従業員を持つ経営者の苦悩も汲んで欲しいぜ...」
「フッ。ブラック企業の長が泣き言云うなよ」
「やれやれ。強情な奴だ... ま。好きにするさ」
「流石、話の分かる経営者。助かるよ」
「何かあったら呼んでくれ。何もなくても付き合ってやる、いつでもな」
「滲みるねぃ」
sentimental protect
「マスター。いつものをくれ」
「いつもの、ですね?」
「ああ。強気と弱気のミックス──『一喜一憂の美学』を」
「キツ目に作りますか?」
「ああ。固くしてくれ」
like a fire
「時折、真剣な眼差しを投げるのはお伺いを立てているのさ」
「黙ってちゃ分からないわ」
「お互いが知っている暗号はふたりだけのものさ」
「謎解きをしてるほど暇じゃないわ」
「割りとせっかちなんだな?」
「ストレートが一番よ」
「生憎、俺は氷を浮かべる」
「何故?」
「熱い情熱は稀釈してやるほうがいい」
「──」
「でないと、お互いに身が持たない」
「──」
「それに灼けた喉で弱音は吐けない」
「弱音はうんざりだわ」
「誰彼構わずって訳じゃない。こんな話は余所ではしない」
「恐いもの知らずじゃなかったかしら?」
「臆病風に吹かれることもある」
「あらそう」
「だから、真剣な眼差しを投げるのさ」
「ふふ、そう。何故、口許が緩んでるの?」
「緊張を解きほぐすおまじないさ──」
口当たりは sweet
舌の上で転がせば mellow
喉越しは like a fire...
mellow, mellow
「分かるかい? 僕の気持ちが」
「なぁに?」
「壊れそうなんだけど、壊れる訳にはいかない。こんな矛盾。今まで抱えたこともない」
「何が云いたいの?」
「や、きみにはそんな感じ分かるかなぁ、と思って」
「あたしは… 溢れそうなんだけど、こぼす訳にはいかないわ」
「そうか。同じだね」
「ん。同じだね──」
「つまり、僕はきみにメロメロってこと」
「あたしがあなたにメロメロなのよ?」
「負けず嫌いだね?」
「んもう。知らない」
- mel・low
-
- ━━ a.
- 熟した; 芳醇な; 肥沃な; 円熟した; 豊かで美しい ((音色など)); 一杯きげんの; 陽気な.
- ━━ v.
- 熟させる[熟す]; 円熟させる[する]; 豊かに美しくする[なる]; 陽気[ほろ酔いかげん]にする.
鼓動
脈打つ心臓の鼓動が聴こえる。
首から提げた大事な物を通じて。
生きている。
あらゆる一切の本末転倒した虚像の影。
それらにやられてしまうほど弱くはない。
現実と非現実の狭間で揺れ動く浮遊物体よ。
当て所なく彷徨う魑魅魍魎の類いよ。
元の場所へ還れ。
お前らの餌食ではない。散れ。
今、結界を張った。
安心しろ。闇は晴れる。
透明な血液
哀しいから涙が溢れるのではない。
心が切れて血が溢れているだけ。
涙が溢れるから哀しいのではない。
心が切れて血が溢れているだけ。
舞え。
美しく舞い散れ。
心の血飛沫──。