博士と静寂の時空

「博士。例の研究ははかどってますか?」
「うるさい。少し待っておれ。やいのやいの…」

「しかし、研究発表まで日が…」
「そのときは時空でもねじ曲げたるわい」

「そんな…」
「何がそんななんじゃ?」

「はぁ… しかし…」
「ワシはその研究に没頭しておるのだぞ? 忘れたのか?」

「はぁ… 余りにも前のことなので…」
「ウム。過去には戻れぬからな。過去を消す消しゴムもない」

「ええ。そうなんですよ…」
「この研究が完成すれば悩みスッキリじゃ」

「はい。期待して待ってます!」
「期待はよくない。すれば失望する」

「では、どのように?」
「静寂じゃよ」

「静寂?」
「そう。時は訪れるのじゃ、何をしようとしまいと」

「難しいですね…」
「何が難しいんじゃ?」

「期待するのはいけないことなのですか?」
「いけないとは云っておらん。よくない、と」

「何が違うのですか?」
「いけないは『禁止』。よくないは『状況説明』」

「はぁ…」
「釈然とせんかね?」

「何となく…」
「ワシは何人にも強制はせん。そんな力もなければ権限もない」

「ええ。まぁ…」
「ただ、知っておることを述べておるだけじゃ」

「難しい事がたまにあります…」
「ワシには簡単じゃがな」

「頭の出来の違いですか? 不平等ですね…」
「公平じゃ」

「はぁ。泣けてきます…」
「好きにすればよい」

「冷たいですね…」
「そう感じてしまう自身を呪い給え」

「ますます放任だ…」
「ワシはワシのことで手一杯じゃ」

「面倒は見てくれない?」
「縋るから肩すかしを食うんじゃ」

「そうかも知れませんね…」
「なるようにしかならない、ではなく、なるようになる、だけじゃ」

「ちょっとポジティブですね?」
「ハイパーネガティブじゃ」

「どうせ死ぬ… ですか?」
「そうじゃ」

「わたしはまだ…」
「フォフォフォ。未練がましい奴だな」

「博士の研究結果も見たい…」
「時空はねじ曲げられると?」

「或いは…」


「待っておれ。念じておればそのようになる。なるようになる、じゃ」
「分かりました。やってみます」

「光明は内なる魂に宿るんじゃ。これを飲んでみなさい」
「何ですか、この薬は?」

「良いから飲んでみなさい。試作品じゃ」
「実験ですか?」

「きみが一番目だ。その栄誉を与えよう」
「感激です! では…」


「どうじゃ?」
「はぁ… 何だかふにゃ〜んとしてきました」

「そうじゃろう?」
「ええ… 何だか空間が…」

「歪む?」
「はい… 頭の中も… 何だか…」

「効いてきたようじゃな」
「では、博士の研究は成功ですか?」

「未完成じゃ」
「でも、わたしは… 何だか…」

「ウム。御機嫌よう」
「え? 何ですか? 御機嫌よう?」

「ウム。きみはもう長くない」
「どう云う意味ですか?」

「きみが飲んだ薬──それは毒薬じゃ」
「ええ!? そんな… ひどい…」

「ワシを信用するからじゃよ」
「そんなぁ…」

「悲嘆に暮れながら死に給え」
「うぅ… 恨みます…」

「時空をねじ曲げてきみを取り戻そう」
「信じていいんですか?」


博士がこくりと頷くと、助手は夢見るような笑顔で静かに息絶えた。博士はそれを満足げに見届けると、静かに研究に打ち込んだ。

「これでうるさい邪魔者がひとり片付いた。うるさくワシを干渉するからじゃ」

___ spelt by vincent.