究極の自己愛とは「奉公滅私」──。
奉公滅私とは、公(きみ・おおやけ)に尽くすことを根底基盤に置くのではなく、そう命じる自身の魂に殉じること──それに余計な疑念と躊躇を抱かないことだ。
崇高な自己愛こそが真の奉公滅私
──転じて「咆哮滅私」。
己の為に咆哮せよ──。
ナルシシズムは須らく自己完結すべきだ。
我が魂の命ずるままに──。
2008年12月 アーカイブ[9]
極右思想
博愛主義とテロリズムは同等ベクトルである。
違いは角度。
肉体的に殺すか、精神的に殺すか──。
*論旨 現実と非現実 - 破
「無差別」と云うキーワードは差別がなくならないことを静かに諭し、不平等たる所以と必然性をも物語る。
このような論旨を「思考の過激派」と呼ぶ。
One of three rules
「ルールを知っている奴がルールを破るのと、ルールを知らない奴がルールを破るのとでは──全然、訳が違うんだぜ?」
そう云うと、男は不敵な笑みを浮かべた。
「一体、何のルールの話だ?」
眉間に皺を寄せた男が訝しげに問う。
狡猾な罠 - guileful trap
「好きでいさせて」とは、一見、塩らしく感じるかも知れないが、その実、「幻滅させるな」と云う恣意的命令の裏返しなのである。
存在の肯定
愛とは「存在の肯定」──。
視認性の認められるものから、概念・観念に至る、あらゆる森羅万象の存在。──それらの存在を真っ直ぐに肯定でき得るか否か。
その命題が「愛」なのだ。
すべての難問がここに収斂され、また、八方に拡散する。
故に、「愛」は悩ましい──。
*2008.11.21・草稿
DODGE MAGNUM
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アメ車好きは是非(´∀`*)
そんな感じで♪
【追記】2014.05.14
KIBA
こちらに移動したようやね