「マスター。いつものをくれ」
「いつもの、ですね?」
「ああ。強気と弱気のミックス──『一喜一憂の美学』を」
「キツ目に作りますか?」
「ああ。固くしてくれ」
「どうかしたんですか?」
「や、どうかしてたらこんな所には来ない」
「ご挨拶ですね」
「ああ。厳しく躾られたからな」
「相変わらず愉快な方だ」
「マスターが楽しんでどうする? これでも客のつもりだぜ?」
「当たらないでくださいよ」
「カルシウム不足さ。気にするな」
「わたしのほうが心配しますよ」
「相変わらず閑人だな」
「でなければ、店は続きませんよ」
「フフ。客質も悪い」
「お陰さまで──」
「どうかしたんですか?」
「人の話を聞くのが苦手なのか?」
「親戚にニワトリに似たのが居ます」
「訊かれてないことは応えなくていい」
「不躾なものですから」
「親の悪口は楽屋でしてくれ」
「ふたり共、仲良く行ってしまいました」
「そうか。空はひとつに繋がっているさ」
「どうかしたんですか?」
「いよいよこっちのほうが心配だぜ」
「普段、そんな顔はされない」
「人の顔色を窺って生きるな」
「──」
「眠れないだけだよ」
「──」
「ただ、それだけさ」
乾いた喉を潜り抜け、一喜一憂の美学が胃の腑に滲み渡る。