酒場ってのはな、大人の社交場なんじゃ。
いつでも手前が一番若輩者だって思って腰低うせなんでどーするよ? お?
そんなじゃ先輩方、何もおせーてくれんくなってまうで?
先輩が歌ってるときぐらい背中向けてはしゃいでねーで、
嘘でも歓声上げてやいのやいのゆーとりゃえーんじゃ。
そんなも分からんのか?
バカ騒ぎってのはそーゆーのが基本的にできてからやるもんじゃ。
ホンマのバカでどーするよ? せやろ?
いいか、よう聞け、クソガキ共。
余り大人を舐めるな。
当たり障りなくその場その場の危険回避してきただろうから、実体験で対応にまごついただけやんなぁ? 俺が聞く耳持つタイプやったから辛くもセーフだっただけや。
他所でおんなじことしてみい。総スカン食った上に全員から袋叩きに合うで?
もう一度言う。大人を余り舐めるな。
大人になったら俺みてえにガキから舐められるで?
俺もまだまだやゆーことが分かったぜ。ありがとうな。
全否定は全肯定の裏返し
あからさまな肯定では何も生まれない。
否定があってこそ変化が生まれる。
否定から入るのは耳を傾けさせる方策のひとつ。
他人の話は最後まで聞かないと真意を知れない。
特に日本語は語尾で意味が変わることが少なくない。
否定的な一部分だけを切り取れば、なるほど、感じ悪いだけだ。
【YouTube】稲葉浩志 - 勝手にしやがれ
【勝手にしやがれ 】TAK MATSUMOTO featuring 稲葉浩志
you are always right
「安心しろ。お前はいつでも正しいよ」
「ただ、それが俺にとっては不都合なときがあるってだけさ」
シェイクハンド
逆手を逆手に取れば シェイクハンド
そんな感じで♪
粗末
「あのなぁ。心だとか気持ちだとか想いだとか──
そんな見えねえモンを大事にする前によ、見えてるモンから大事にせえよ。
いい加減にしとかねえと終いにゃブン殴るぞ、手前」
「兄貴。云ってることがちょっと…」
「ちょっと、何だ?」
「可笑しいんじゃないかと…」
「何だよ。可笑しかったら笑えよ」
「や、そうじゃなくて…」
兄貴は弟分からフッと視線を落として背を向けた。
「粗末に扱うなってこった。命を粗末に扱うな」
「兄貴…」
「オラ、もう行くぞ。グズグズしてっと張っ倒すぞ」
「…て、だから兄貴ぃ。俺のこと見えてねえんスか? ちょっと待ってくださいよぅ」
『手前なんざ見てねえさ』
兄貴の背中はそう語っているようだった。
弟分よ。
君の行く末、この先が
細く長く続くのか
太く短く終わるのか──
それは君の気持ち次第だ。
悟りよ。幸いあれ。
そんな感じで♪
*2018.05.10・草稿
恋愛の果ての成果物
考えてみれば何ひとつ合っていない。
右といえば左。左といえば右。
大きなことから小さなことまですべてが真逆。
つまり、阿吽の呼吸の対極に立つ。
これが、恋愛関係を長続きさせるための秘訣なのだ、と痛感した。
例えば、仕事から帰って来て、ドカッと腰を降ろして安堵の溜息をひとつ。フィ~、ちかりたなぁ~。こんなとき、テーブルにお茶なりビールなりがスッと出されたとする。
普通なら「お、気が利くねぃ。ありがとう」てなところだろうが、それでは駄目なのだ。
気が利くということは、良くも悪くも結論に至るまでのプロセスが圧倒的に短い。中には早合点、早とちりも含まれているかも知れない。そういった誤解や曲解を解くためにもコミュニケーションや手続きなりが必要なはずなのだが、それらがすべてショートカットされてしまう。
ということは、相手と関わる時間や労力を割く必要が自然となくなってゆく。
詰まるところ、必然、遂には何もなくなってしまうのだ。
お分かり頂けるだろうか?
恋愛とは、極論、無駄を楽しむものだ。
あーしたい、こーしたい。でも、どーしよう。うまく伝わるかしら。
こーしようかしら… どーすればいいのかしら…
ん、あーすればいいわね。やっぱり、こーのほうがいいかも、でも…
非常に鬱陶しい。そして、途轍もなく魂を消費する。
だが、阿吽の呼吸だと、これらの雑事がすべてショートカットされる。
こーしたい→そーする。以上!
殊更、恋愛に関しては、仕事が出来てはいけないのである。
この超逆説はうまく伝わるだろうか?