究極の進化形──それはブラックホールである、と感じた。
我々人間なり生を宿すもののすべては、食糧なり情報なりを糧としてその生命を全うしようとする。
糧がないと生命は閉ざされ、終局、滅する。
故に、生命を存続せんがために奔走する。足掻く、藻掻く、苦しむ、悩む…
何とも形骸化した哀れなオブジェクトだ。
特に、我々人間には思考と云う邪魔な能力があるため、野生動物のそれと比較したときに非常にみっともない。
保身や維持などの言葉に代表される縋り付きのベクトルが、潔く死を迎える草食動物にも劣ると考えられる。
彼らは肉食獣に捕らえられたとき、最後の最後まで抵抗はするものの、願いが叶わないと知るや否や観念して生を手放す。無駄な思考ベクトルがない分、非常に美しい。
ただ、我々も含めて、すべての生は完璧ではないからこそ、それを継続するためにお互いの存続やより良い方向・道などのベクトルを相互円滑なものであるようにと工夫するのだ。
暗中模索はデフォルト。
完璧なベクトルがあればそれに従うべきだが、生憎、それぞれの価値観ベクトルの相違によって駆逐される。
個々にそれぞれが「これだ」と云う曖昧な確証を手掛かりに、死ぬまで迷走しているだけに過ぎない。
行き着く先は確実に「死」──ただ、それだけだ。
そんな中で、かの偉大な先人の云うところの進化と云うことを考えてみる。
糧がなければ生命は閉ざされる、と綴った。これは物理的・精神的にも同義だ。
食糧を摂らねば肉体は衰え、精神的な支えなりがないと肉体を動かすことが億劫になる。
我々は通貨と云う価値観制度に基づいて糧を得ている。多く持つ者はより贅沢に、少なく持つ者はなけなしで我慢する。
ここに差別や格差が生まれる元凶があるとも思われるが、これを動物社会でも適用すると面白いことになる。
「やぁ、オイラ、近所のライオンやけどね? まぁま、腹減ってもてかなんがな…」
「何になさいますか?」
「こないだはシマウマやってんけどな? もー飽きたゆーか、いい加減、別のがええやんかぁ…」
「そうですか。では、本日のお勧めで宜しいですか?」
「お☆ お勧めってなんやぁ?」
「本日はキリンです」
「マジだぁ? そらちょとひとりじゃキツそやなぁ… よしゃちょと待っててやー 仲間呼んでくるしなー」
「ありがとうございます。お待ちしております」
『世界のライオン・レストランから』w
脳内悦楽は誰にも迷惑を掛けない☆
転じて「妄想族の哀歌」と呼ぶ…ププ
閑話休題。
百獣の王ライオンですら糧がなければ滅びてしまう。
一方、我々には通貨と云うペテンが罷り通っているので、その価値観が通用する場面で何とか凌ぐ方法を、彼らよりも多く持っていると云えよう。
だが、それらを駆使しても死からは逃れられない。ゼニを積んでも死ぬときは死ぬ。
つまり、完璧ではない。不本意ながらもそれに甘んじなければならない。
そんな不完全なものが霊長類ヒト科と云う高々1品目で地球を牛耳ってる感を幅寄せし、いい気になっている。そんな哀れなオブジェクトが進化の最高形である筈がない。
そんなことをふと感じたときに冒頭の思考が浮かんだ。
究極の進化形=ブラックホール。
彼は宇宙学概念の産物ではあるが、それを前提に思考を進めて行くと、限りなく完璧に肉迫していると感じたのだ。
何でも喰らう。すべてを吸引する。電波でも何でも。糧について何も思考しない。飽きる、と云う概念すらない。
更にスライドすると、宇宙にあるすべてのものを吸引したら糧がなくなり、ブラックホールは死滅してしまうのでは? と云う疑問が浮かぶ。
だが、宇宙の広がりはビックバンの
と云うことは彼のための糧は永遠不滅。彼には「死」と云う概念も当て嵌まらない。
残念なことに彼とコミュニケーションを取ることができない。彼にとってはコミュニケーションすら馬鹿らしい概念に違いない。
それもその筈、彼の糧となるものの意志など彼には一切不要なのだ。すべて平らげる。文句も云わない。従って、疎通する必要がないのだ。いいから喰われておけ、と。
こんなふとした思いつきコロナ・プラズマを勢い良くうっかりまとめてみた。w
閑な御仁はいろいろと想いを馳せて頂きたい。我々は無駄なことを考えるのが大好きな哀れなオブジェクトに過ぎない。
故に、根底に「楽しさ」を据える。