2007年5月 アーカイブ[18]

感情の濃度

朧げながらも濃淡がある。

静かに眼を閉じる。

真っ白いキャンバスに、
木炭を滑らせている手が見える。

陰翳だけで対象物を象る。

そこに“色”はない。
それでも対象物が浮き彫りにされる。


経年劣化する感情繊維。


やがて、記憶繊維がほつれ、
何事もなかったかのように薄らいでゆく。

“雨ニモ負ケズ 風ニモ負ケズ”…

そんな幻想のフレーズが脳裏を掠める。

___ spelt by vincent.

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狡猾

「小僧。余り大人をなめるなよ?」
「何故?」

「大人になったときガキからなめられる」
「フッ──じゃ、オッサンは何なんだ?」

「ガキの頃、大人をなめてた大人さ」
「──面白え」

___ spelt by vincent.

薫風

帰らぬ過日に 悔いを残さず
見果てぬ夢と 悲愴な浪漫を
痩せこけた魂に 刻んだ侭に

やがて 人知れず ひっそりと──

未だ見ぬ明日に 想いを馳せて
心地好く 風薫る 旅立ちの日

やがて 人知れず ひっそりと──

___ spelt by vincent.

だから、背中で刻むのさ…

昨夜、ケータイに留守電がひとつ。また仕事の話かな、などと思って再生。

 留守電を聞いたら連絡を。

実弟からだった。

僕は彼にケータイ番号を教えていない。多分、父親か妹か、或いは母親からか、いずれにしても僕は家族との交流を絶っている。

今年の新年早々、父親から絶縁されたばかりだ。彼の理由は解らない訳でもないが釈然とはしていない。

4月27日、ついこの間のことだが、この日は丁度、彼の誕生日だった。

僕は西武新宿線中井駅付近にある石川家で飲んでいた。

奇しくも、中井で知り合った兄弟分のひとりも父親と同じ日に誕生日だった。そのことは苦笑混じりで彼にも告げた。

26日の晩からカウントダウン宜しく酒席を設けた。

僕は酔いも手伝ったのか、父親のケータイを鳴らした。0時を廻ったばかりで、どうせ寝ているだろうと思ったのだが、3コール目で彼が出た。

少し面食らったが、おめでとう、と。そう告げてケータイを切った。眠気混じりのありがとうが少し滲みた。


閑話休題。


弟と交流を絶ってから割と久しかったが、以前の厭な予感もあり、折り返しを躊躇していた。

 また、俺をあの渦中へ?
 悪党に手を貸すつもりはないぜ?

僕が彼にケータイ番号を教えない理由は彼も何となく感じているだろう。だが、それを越えてでも僕に告げたいことがあるのだ、と。

様々な危惧を払拭し折り返してみた。ワン切り。すぐに折り返してきた。

「ああ。兄貴?」
「留守電聞いたよ。どうした?」
「や、少し前の話なんだけどね…」
「ああ」

聞くと、弟と共通の友人…弟と同い年…のことだった。

その友人は少し以前に難病奇病を患い、それこそ生死を彷徨ったらしかった。

その病気の所為で全身の毛がすっかり抜け落ちてしまったが、今は退院して何とか無事に過ごしているとのこと。

弟は、多分、白血病の類いだと推測したようだが、僕の眉間には皺が刻まれた。

「そうか。大変だったんだな…」
「うん、それでな。(友人の名)が兄貴に会いたがってるんだよ」
「そうか…」
「俺も随分前に言付かってたんだけどな。兄貴と連絡取れなかったから…」
「ああ。それは悪かったな」
「割りと塞いでるみたいなんだよ。で、余り人とも会いたがらないんだけどな」
「だろうな…」
「それでも兄貴には指名入っててよ…」
「そうか…」
「ヒマ見つけて会ってやってくれよ…」
「解った。頭の片隅に入れとく」

そう云ってケータイを切った。追憶が脳裏を巡った。

彼とは弟が切欠で友人になった。小学生時分の話だ。僕の4コ下で、なかなか賢い子だったが、その頃から原因不明の顔面神経痛などに苛まれ、身体は丈夫ではなかったように記憶している。

ただ、共通の趣味で繋がっていた。ノートにマンガを描いてはお互い交換して、あれやこれやとお喋りをしたものだ。

お兄ちゃんは絵がうまい、と云われたことが印象に残る。


そんな彼が僕に会いたがっているとは… 彼の母親も同様、会いたがっているらしい。

彼の母親は僕がバーテンダーだった頃、店に足を運んでくれた。僕が「兄貴」と呼ぶ人が経営する湯島の店にも来てくれた。

 お兄ちゃん、自分を見失わないでね…

そんな言葉が想起される。


僕が逢いたいと望む者からはお声が掛からず、突拍子もないところから指名が入る…

何とも複雑な気持ちだが、僕の刻むものに触れたい者ならば僕は拒まない。

ヒマ作って会いに行くよ…w
待ってろ。兄弟。

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Jewel

もう二度と逢えない──。

それは絶望感ではなくて、
心の奥にあるジュエリーボックスに
宝石をそっと仕舞う感覚なんだ。

こうすれば人目に晒されることもなく、
いつまでも輝きを失わずに済む。

世界にたったひとつしかない宝石。
何よりも美しい掛け替えのない輝き。


ただね。
その宝石を見ることはもうできないんだ。
鍵を掛けられてしまったからね。

僕の身体を引き裂いてごらんよ。
ジュエリーボックスが出てくるはずさ。
きっとね。

とても重くて、誰にも開けられないのさ。
あの子が鍵を持ち去ってしまったからね。

でもね。
あの子は意地悪してる訳じゃないんだ。
我慢が足らないからお仕置きしてるのさ。

お預け──かな?


また、ふたりっきりで眺めたいね。
綺麗な宝石を眺めながら、
あれやこれやとお喋りするんだ。

きっと楽しいよ。
うん。楽しいに違いないだろうね──。

___ spelt by vincent.