「──黙ってればいい女」
「え?」
男は左隣りに坐った女に視線も向けず、出し抜けに切り出した。コースターの上にロックグラスが置かれ、中の氷が微かに鳴く。
「そんなことを云われたら、君ならどうする?」
「そうねぇ、どうするかしら。そのときによるわ」
「悪い気は?」
「むしろ上機嫌?」
「そうか」
「あなた、そうやっていつも黙らせてるの?」
「そんな呪文が?」
「いえ。ただ、大抵は静かになるでしょ?」
「僕はマジシャンじゃない」
「あらそう。じゃあ何なの?」
「ピエロさ」
「随分、メイクが苦手なのね」
「何故?」
「悲哀を食んでいるようには見えないわ」
「君の前だからさ」
「あら」
「悲哀は消し飛ぶ。全部、帳消しさ」
「口が達者なのね」
「台本通りだよ」
「脚本家に会ってみたいわ」
「眼の前に居るさ」
「あなた、器用なのね」
「そうでもない」
「そう?」
「ああ。喋ってないと身が持たない」
「どうして?」
「美しい者を目の当たりにすると緊張するんだ」
「そう。そう云う風には見えないけれど」
「腰砕けだよ」
「うふふ。面白い人」
「云ったろ? 僕はピエロだと」
「ええ。聞いたわ」
「哀しみを喜びに還すのが仕事さ」
「そう。視線も合わさずに?」
「そうかい?」
「ええ。さっきから横顔しか見てないわ」
「なかなか緊張が解けない」
「うふふ。そう」
「──黙ってればいい男」
「──」
「どうしたの? 急に黙り込んで」
「や」
「わたしの前では緊張しないの?」
「おまじないも利かないくらいさ」
「もう、お喋りは飽きたの?」
「まだまだ飽き足りない」
「だったら──」
「聞き飽きた科白だからだよ」
「なぁに? さっきのわたしの科白?」
「ああ。何度も聞かされた」
「だって本当のことよ? 惚れ惚れするほど男前」
「そう云うのは苦手なんだよ」
「じゃあ、どうすれば?」
「だから、一番最初、君に訊いたろ?」
「そうね」
「質問を質問で返さないでくれよ」
「──や、意地悪もこのくらいにしておくか」
「意地悪?」
「ああ。好きな子に意地悪しなかったかい?」
「ええ。子供の頃ね」
「僕は、そのクセがまだ抜けないんだ」
「うふふ。可愛らしい」
「答えを知っているのに、わざと訊くんだ」
「意地悪ね」
「ただ、成熟している部分もあるがね」
「どんな?」
「視線だけで語り合うのさ」
「まぁ…」
「言葉は要らない」
「そうね」
「お互い好都合だろ?」
「好都合? どんな?」
「お互い『いい女』と『いい男』で居られる」
「ええ。利害は一致するわね」
「そうと決まれば早く出よう」
「出逢ったばかりで?」
「そんなことは関係ない」
「せっかちなのね」
「ああ。生き急いでるからね」
「うふふ」
「急ごう。レーザーが切れる前に」
「喋り疲れたら?」
「眠るだけさ。シーツの波間に君を浮かべて」