論理的に物事を考えるのが好きだ
世の中にある あらゆる事象が
「原因と結果」で成り立っているとするならば
すべての事象は 余すところなく 理路整然と解明できる
その中で「感情論」をピックアップ
「感情論」と云うと
とかく 不毛で無意味な論争の類を連想しがちだが
理路整然とした いち法則に支配されている
気分が良いか 悪いか
自分が普段からクチにしている判断基準
感情論の頂点でもある この疑問
これは 突き詰めれば 究極の選択「二者択一」
十分に理論として成立する
「あるか ないか」あるいは「0か1か」。。
コンピュータの世界でも使われている思考のベース
どのような原因から どちらの結果になるか。。
そして どのような過程を経て そこへ到達するのか。。
プロセス云々については一様ではないが
いずれにしても どちらか一方に辿り着くことだけは間違いない
ここに「不条理」の鍵が隠されているように感じる
前者の場合。。「気分が良い」。。
これは 余り熟考されない
論理的に思考することから離脱してしまうほどの
「何か」に溢れているからだろう
「魅力」や「誘惑」の類も含まれているように感じる
「いやぁー おもろかったなぁー また やろー♪」
「これやってご覧よ あれやってご覧よ♪」等々。。
後者の場合。。「気分が悪い」。。
これについては 捉え方や定義の基準が多種多様だ
どうしてこの感情に至ったか 経緯は曖昧になってしまうが
兎にも角にも 腹立たしい
そして 前者の場合と同様 余り熟考されない
「なんでだろう。。」「こんなはずじゃ。。」
「まいっか しょーがねーよな。。」等々。。
それに対する激励に至っては
「忘れちゃいなよ」「気にすんなよ」等々。。
何とも解決からは程遠い その場凌ぎなアドバイス。。
「所詮は他人事の理」 ここに浮上せり。。苦笑
自分は 汎用的な考え方が好きだ
所謂「ワンソース・マルチユース」
「ひとつの答えで複数に対応させる」
合理的で効率的な思考のベース
この辺りの違いが「人格形成」や
ひいては「自分の在り方」に発展する
平たく「自分のやり方」「自分の流儀」
突き詰めると「己が己で在るための生き方の指針」
これを自分は「スタンス」と呼ぶ
感情論を制するには「スタンス」が必要だ
そして 「気分が良い・悪い」の二者択一において
どちらの答えが浮上しても。。
たじろがない おたつかない 揺るがない
自身の「スタンス」を
他の何者でもない 自身が捉えていれば。。
そして 信じて疑わないのではなく。。
「そもそも 疑わない」でおれば 揺るぎようがない
また 揺るぐ「脅威」をも感じ得ない
自身の中で「絶対的な価値観」を抱くこと
そして それを貫こうとする姿勢。。
それが 儚くも 健気で 美しい と感じる
「不条理」とは。。
他の流動的な価値観に流されて
気分を悪くした人格の 弱さの露呈であり
それを該当人格が気付いていない と云う
最も愚かで 醜い 自業自得の理 である
これを読んで気分を悪くしたら。。
「熟考せい!」
自身の制御は己の舵取り如何
責任転嫁は 「みっともない」


























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