2009年6月12日(金)17:30
実妹と父親と僕の三人で夕食を頂いた。
彼女に会うのは去年の誕生日以来だ。
数日前、町中で父親とばったり出くわし、そのことを彼女に話したそうだ。
僕のことを非道く心配しているとのことで、その旨、妹からメールをもらい、食事しよう、と云うことになった。
しゃぶしゃぶを頂いた。
こんなにたらふく肉を喰ったのは、どれくらいぶりだろう。
家族で囲む食事の有り難みが滲みた。
いろいろなことを話した。
僕の家族は、皆一様にお喋りなので話題には事欠かない。
それも久し振りに会うものだから、あれやこれやと飛び出してくる。
いいなぁ〜面白い、と感じた。
僕の家族は一般家庭と比較すると、恐ろしいほど「フラット」だと云えるだろう。
「遠慮」や「忌憚」など何処吹く風ぞ。
幼い時分、友達から家族の話などを聞かされたとき、随分と違和感を覚えたものだった。
『同じ人間なのに。なんで? そこまで偉い?』
僕が両親に「尊敬」と云う言葉を当てない理由がこの辺りにあるのかも知れない。
ただ、一般杓子は理解しているつもりだ、これでも。他人が云う「両親に対する尊敬」など理解できるし、頗る真っ当で健全だとも感じる。
ただ、僕は彼らにその言葉を当てない。
僕は「畏敬」と云う言葉を当てる。
畏敬すべき両親の片割れである父親。ビールを飲みながら些細な話題を普通に語る。
彼の顔に刻まれた皺からは家族を設けた雄の悲哀が覗いていたような気がした。
法律上、彼は家族を守れなかった。
ただ、そんなことを咎める気はサラサラないよ。随分、昔話やしね? 時効や。
贅沢三昧とは云えないけれど、いっぱい豊かなものを頂いた。
それで十分さ。
ただ、自分自身では何処か赦せないのだろう。彼の瞳の奥にはそんな光が宿っている。
不甲斐無さを呪うクセは父親譲りなのだろう。余計な遺伝子組み込みやがって…(´∀`*)
また、食事する約束を取り付けお開きに。
妹の笑顔も素敵だった。
楽しいことばかりじゃないだろうに…
やぁ、随分、母親に似て来たねぇ〜
体型だけは気を付けたほうがいいぜ?
ありゃトドやしな?(´∀`*)
やぁ、僕ももう少し頑張るよ。
他人の為に生き過ぎたかも知れない。
他人は僕のことをそれほど欲していない。
足許覚束無い今の有様がその証拠。
何も残っていない。
どんどん離れてゆく。
でも、歩き続けるよ。
ひとりでも歩き続ける。
次回は何喰う?
今から楽しみだ。
ご馳走様でした。
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