虫の音

昨夜の21:27、神楽ちんからケータイ。

「兄貴ィ。しょういちさんのケータイ分かりますかぁ?」
「ん? どしたぁ?」
「あのぉカギなくてお店開けらんないのぉ」

ついこないだまでお客の立場だった神楽ちんは、ついこないだからお店の立場に入れ替わった。事情は知らない。そして、事情は訊かない。

「しょうちゃんカギ当番やったん?」
「うん。そー」
「アカンたれやねぃ。カズに電話した?」
「何度か掛けたんだけど寝てるっぽい」
「むぅ… 店の長がいっちゃんアカンたれやなぁ。カギないと店開けらんないよなぁ?」
「うんー。昨日イベントやったからかなぁ…」

暫し沈黙。

「兄貴。お忙しいトコ済みません。何とかしてみます」
「おう、そーやねぃ。オイラからも連絡入れとくよ」
「ありがとうございましたー」

ケータイを切った。煙草をくゆらせながら暫し沈思黙考。

なんでオイラにケータイが?
オイラ、影のオーナーか?

ひとり、苦笑を浮かべた。

暫くmixiを眺めていたが、再びケータイが鳴った。液晶に「中埜翼」の文字が。

「もっしー。どしたい、つばさくん」
「やぁ、兄貴ですかぁ? 俺今近所にいるんですよ」
「おお、そーかい☆」
「あのXtoBの看板消えてるんですけど… 日曜日って休みですか?」
「やってるよ。さっき神楽ちんからケータイもーた。何だかカギ持ってる奴が来ーへんとかで」
「あ、そーなんスか…」

つばさくん、ちょいと意気消沈。

「なんだよ、なんでオイラにケータイ寄越したん?」
「や、明日久々にフルOFFなんで一緒に飲もうかなぁと思って」
「そっか☆ ナンパや☆ ゲラゲラー♪ つばさくん、連れいんのぉ?」
「や、ひとりですよ」
「なんやしょっぱいのぉー ゲラゲラー♪」
「でもカギないんじゃ店休みッスよねぃ?」
「や、オイラゆーて開けさせるよ。ちょいと待ってろ。カズにケータイして折り返す」
「あ、了解ですー」

カズにケータイ。留守電。なんやかや入れる。神楽ちんにケータイ。

「もしもしぃ? 兄貴?」
「うん、どーした? 連絡取れた?」
「あ、何とか取れましたぁ☆ もーすぐ来ると思う」
「おお、そっか。そりゃ良かった♪ つばさからケータイもーて店休みかって訊かれてよぉ」
「開けますよぉ」
「うん、分かったよぉ。つばさに折り返すわ」
「兄貴。今日来るんですかぁ?」
「ああ、行かなしゃーないやろぉ?」
「ぢゃ待ってマース☆」
「あいよっ。後ほどー」

ケータイを切った。つばさにコールバック。

「おいよ。兄弟☆ 店暫くしたら開くってよ。まぁ、ちょいと時間掛かりそやなぁ… 自分、それまでヒマやろ? 庄や行って先に飲んでろよ」
「庄やってドコですか?」
「東口の裏にあんだろ? あそこの店長、オイラのこと知ってるから後から兄貴来ますゆーとけよ。な?」
「分かりましたー。ぢゃ、先行って待ってますねー」
「おう。準備してすぐ行くよ☆ んぢゃ後ほどー」

ケータイを切った。mixiのコメントを書き上げ、ブラウザを閉じた。Macの電源を落とし、TVの電源も落とした。

左手の薬指だけ残して、それ以外の指にリングを嵌めた。服を着替え、サングラスを掛け、帽子を目深に被った。

部屋の電気を消し玄関へ向かう。黒いスウェードのショートブーツを履き家を出た。

旧家の脇にある薄暗い道を通り駅前へ向かった。

歩きながらセブンスターを1本咥えた。
SilverのZIPPOでイグニット。

ほうと紫の煙を吐きながら、今夜もまた飲むんやなぁ、と心の中で呟いた。

虫の音が耳を掠める。

___ spelt by vincent.