除思考

「どうしたんじゃ? 浮かない顔をして」
「は? ええ。まぁ、その…」

「さては、またこっぴどくフラれたかな?」
「や、だといいんですがね…」

「これはこれは。根っ子から悉く浮いていない…」
「教授。とんでもないドSですね…」

「うはは。相手が君じゃちっとも物足りないがね」
「実際、痺れますよ。やれやれだ…」

「それはそうと、どうしたんじゃね。そんな君の顔は余り見ない」
「普段はどんな?」

「さぁ。どんなだったか…」
「教授…」

「や、特別、君を無視している訳ではない。ただ、私は私の研究に没頭しておるが故に…」
「もう、いいですよ…」

「何か後ろ暗いことでもあるのかね?」
「そんな人聞きの悪い。何もありませんよ…」

「では話してみ給え。そんな顔をされてはこちらも堪ったものではない」
「意外と優しいところもあるんですね?」

「君の場合、意外のほうが多いと思うがね」
「ええ。それは心得ているつもりですよ、これでも…」

「ほれ。話してスッキリすることもあるもんじゃ。黙っていては糸口が掴めない」
「ええ。まぁ…」

「研究とは僅かな糸口から練り上げる壮大なロマンなのだよ」
「ははは… 教授は幸せな方だ…」

「何と!?」
「いえ。ポジティブ… プラス思考な方だな、と」

「ウム。プラス思考だけではうまくない」
「何故です?」

「安易な楽観では何も問題は解決せんのじゃよ」
「かも知れませんね…」

「『かも』ではない。そうなのだ」
「──?」

「物事には『対』があるのだ。プラスであれば、必然、マイナスが」
「確かに…」

「『対比』じゃよ。対比して『俯瞰』する」
「ええ…」

「そうすれば『全体像』が見えてくる。物事の本質が浮かび上がるのだ」
「やはり、教授は聡明な方だ…」

「おだてても何も出ないぞ?」
「いえ。心からそう思いますよ、お世辞抜きです」

「そうか。ならば宜しい」
「はい」

「では、その浮かない顔の原因とやらを聞かせ給え」
「…」

「原因でなくとも、原因と思しきことでも何でも構わん。さぁ──」
「…見えてらっしゃるなぁ。流石にかなわないや…」

「早合点はよくない。私には何のことやらさっぱりじゃ」
「いえ。教授と話していて輪郭が掴めてきたような…」

「そうか。では、そのプロセスを聞かせ給え」
「はい。そう云うことなら──」

「ウム」
「抽象的に話しますね?」

「ウム。何でも宜しい」
「では──」

助手はひと呼吸置いてからゆっくりと喋り出した。

「例えば、Aと云うゴールがあるとします」
「ウム。Aを『目標』や『到達地点』と捉えれば良いのだな?」

「はい。そうです」
「続け給え」

「Aに到達するためにはBと云う方法手段が必要である」
「それで?」

「そのBと云う方法手段は1通りだけではなく複数ある、と」
「ウム、当然だな。そんなに汎用性の高い方法手段は存在しない」

「はい。そうですよね? 故に、あれやこれやと試行錯誤する」
「我々も日々研究を続けておるではないか。それと同じことじゃ」

「はい。ところが、万策尽きたとき、尽きたと思われたとき──」
「ウム」

「Aが遥か彼方の位置に居たとしたら?」
「ウム。未到達、或いは未成就。いずれにしても問題は解決していない」

「ですよね? そう云うことになりますよね?」
「ウム。それが君の浮かない顔の原因かね?」

「抽象的で申し訳ありませんが…」
「そんなことはどうでも宜しい」

「私は私なりに…」
「ウム。胸中は察するに余りある」

「お分かり頂けますか、私の気持ちが…」
「努力が必ず報われるのならば我々の存在価値はない」

「私はどうすれば…」
「ウム。実に簡単なことじゃ」

「──!?」
「聞きたいかね?」

「是非…」
「ウム」

教授は顎髭を撫でながら、ゆっくりと助手に歩み寄った。

「──君は万策尽きた、と云った」
「はい。考えられることはすべて行ったつもりです…」

「なのに得られない」
「はい…」

「釈然としない」
「はい…」

教授は助手を通り過ぎ、窓から通りを眺めた。

「ゼロで割っていないかね?」
「!? 何ですって!?」

「ああ。君は『ゼロ』と云う方法手段Bを以てしてAに到達しようとしていないかね?」
「教授。仰っていることがよく…」

「割り切れなくて当然だ、と云いたいだけじゃ」
「割り切れない──!?」

「ああ。君の心情はそうではないのかね?」
「ええ。確かに割り切れません…」

「そうじゃろ? ゼロで割り切れる筈がないんじゃよ」

依然、助手の表情は訝しげだ。しばらくして、徐々に眉間の皺が緩んで来た。

「や、何となく分かってきました…」
「何がじゃね?」

「教授の仰っていることが…」
「ほう。そうかね」

「数式に準えておられるのですね? 加減乗除。四則計算だ」
「ほっほっほっ。なかなかに聡明じゃな。平たく、算数じゃがね」

「ゼロでは割り切れない。つまり、方法手段Bにゼロを使っても割り算にならない」
「そう云うこと。割り切れなくて当然」

助手の表情が一気に綻んだ。

「教授! ありがとうございます。何だか覇気が漲ってきました!」
「どうやら万策尽きたのは早合点だったようじゃな」

「ええ。まだまだ… と云うより、私は何もしていなかったのと同じことでした」
「そうかそうか」

教授は眼を細めて助手を見遣った。

「教授!」
「何だね?」

「プラス思考だけじゃ駄目ですね」
「ふふ。そうじゃろ?」

「はい。マイナス思考だけでもいけないし」
「加減乗除など小学生時分、学んだろうに」

助手が苦笑いを浮かべる。

「ところで教授──」
「忙しい奴だな… 何だね?」

「こう云った思考は何と呼べば?」

教授がにやりと笑った。

「『除思考』じゃよ」
「じょしこう──!?」

「ウム」
「何とも響きが…」

「JKとは違うぞ?」
「教授。そんなスラングまで…」

教授は愉快そうに肩を揺すった。

「ただ、何とも皮肉なものです…」
「何がじゃね?」

助手が再び意気消沈して口籠った。

「実は、私が抱えているAと云うのは女子高生に関係しておりまして…」

教授が眼を瞠った。

「押しても引いても、どうにも…」

教授は呆れたように首を横に振った。

「君はウチへ帰って計算ドリルでもやり給え」
「教授ぅ…」

「私は君など知らんよ」
「そんなことを仰らずに…」

一連の話を聞いていた女性助教授が口許を綻ばせた。

「おさかんねぃ〜」

こうして研究室での一日が過ぎてゆく。

___ spelt by vincent.

コメント (1)

vincent. 2009年6月 8日(月) 22:09

マンガや。。(´∀`*)y-〜♪