それが最後の言葉だったんだ。
ライア。
僕の耳には今でもはっきりと残っている。
残っていると云うより…
鼓膜に焼き付いているんだ。
君のあの言葉が──あの美しい旋律が、
まさか、最後の言葉になるだなんて──。
ライア。
僕は今、非道く孤独だ。
僕の周りには誰も居ない。
それでも、時折、こうして想い出すんだ。
あの頃の君は眩しいほどに美しくて、
気高く光り輝く、
光のローブを纏っているようだった。
君はゼウスとエウリュノメの間に生まれた三姉妹のひとり。
スリー・グレイスのひとりだと云ったら君は笑ったけれども、
──僕にはそう思えたんだ。
思えたと云うより、魂がそう命じたんだ。
逆らえない。
ライア。
君は光の女神さ。
だから、そのまま目映い光の中に
溶けてしまった。
僕を置き去りにしたまま行ってしまった。
そんなことは当然さ。
最初から分かっていたよ。
薄汚れた僕は、到底、手が届かないのさ。
見窄らしく痩せ衰え、
やがて、朽ち果ててしまうのだろう。
乾いた魂を潤せないままに、
やがて、いずれ──。
ライア。
探しているものは見つかったかい?
きっと、前世の記憶を
紡いでいるんだろうね。
なけなしの、
朧げな記憶繊維を手掛かりに──。
僕の記憶繊維は解けてしまった。
今では繋ぎ合わせる術すら持っていない。
君が傍らに居るときは、
君が居たから助けられた。
忘れ掛けていたものを
呼び覚ましてくれていた、いつも──。
あの頃の僕は、余りにも幼過ぎて、
そんな君を、
ぞんざいに扱っていたのかも知れないね…
ライア。
なぁ、教えてくれよ。
一緒に探す筈じゃなかったのかい?
君と僕の探しているものは
同じじゃなかったのかい?
や、そんな筈はない。同じ訳がないよね。
君と僕とでは、何もかもが段違いなのさ。
そんなことは誰でも分かっていることさ。
上とか下とかの話じゃないんだ。
そんなことはまるで関係ないんだ。
君は君で、僕は僕。
ただ、それだけなんだ。
同じじゃない。いつも、段違い。
何処まで行っても、擦れ違い──。
ライア。
それでも僕は、君と探してみたかったんだ。
君と一緒に居たかったんだ。
君じゃなきゃ駄目なんだ、何もかも──。
ライア。
僕は知ったかぶりの道化さ。
何でもしたり顔ですましているだけなのさ。
本当は何も知らない。
何ひとつ、知らない。
分からないことだらけなんだよ。
だから、哀しく微笑むのさ。
知らないことばかりな筈なのに、
哀しみだけは、よく滲み渡ってくるのさ。
可笑しなものだね……
ライア。
そんな僕に優しく微笑み掛けてくれたね。
全身の骨が溶けてしまうほどの
心地好い安らぎ。
きっと、君は同情したんだろうね。
見ていられなかったから、
微笑むより他に手立てがなかった。
僕は滑稽な操り人形。
自由に踊っているように見えても、
君の掌でぐるぐる廻っているだけなんだ。
まるで、メリーゴーランドだね。
ライア。
僕は今、非道く孤独だ。
僕の周りには誰も居ない。
それでも、時折、こうして想い出すんだ。
あの頃の君は眩しいほどに美しくて、
気高く光り輝く、
光のローブを纏っているようだった。
君はゼウスとエウリュノメの間に生まれた三姉妹のひとり。
スリー・グレイスのひとりだと云ったら君は笑ったけれども、
──僕にはそう思えたんだ。
思えたと云うより、魂がそう命じたんだ。
逆らえない。
ライア。
僕の耳には今でもはっきりと残っている。
残っていると云うより、
鼓膜に焼き付いているんだ。
君のあの言葉が──あの美しい旋律が、
まさか、最後の言葉になるだなんて──。
魂を愛させて下さい──。
それが最後の言葉だったんだ。
ライア。
僕の耳には今でもはっきりと残っている。
残っていると云うより、
鼓膜に焼き付いているんだ。
君のあの言葉が──あの美しい旋律が、
まさか……
でも、君はきっと何処かで
呼吸をしているだろうね。
真っ白な翼で
自由に飛び廻っているだろうね。
清廉な軌跡を描きながら、
穢れのない魂の侭に──。
そう感じられるだけで僕は──。
嗚呼、ライア。
悟りよ。解き放ち給え。
僕は濃霧の中を彷徨っていたとしても、
君の光り輝く、光のオーブは忘れない。
決して──。
そして、魂の鎖は決して解けたりしない。
それだけは忘れないでくれよ──。
嗚呼、ライア……
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■注釈
ギリシャ神話の三美神(Three Graces:スリー・グレイシス)
カリテスともいう。
美、雅、芸術的な霊感、そしておそらく、古代においては豊穣の女神でもあった。
ゼウスとエウリュノメの間に生まれた三人姉妹で、
エウプロシュネ(歓喜・祝祭)
タレイア(花のさかり・喜び)
アグライア(光輝)
と呼ばれ、喜びと平和を人々に広めた。
「ライア」は、光輝を司る神の名より命名した架空の人物である。
僕の中でのイメージ的には、人造人間(ヒューマノイド)に近い。
彼女らはまた、「愛欲」「純潔」「愛・美」を表すとも考えられた。
左端が「愛欲の化身」
中央は「純潔の化身」
右端が「愛・美の化身」
であると云う。
「愛欲」と「純潔」は対立する、相反する性質を持っているが、
「美」によって和解させられ、統一させられる。
我々の内面には、この「愛欲」「純潔」「愛・美」があり、
それぞれバランスをとりながら生きているのである。
宗教画の三美神がいつも三人で描かれるのも、こういう訳があるのだ。
三美神はたいてい、裸体で描かれ、互いに抱き合っている。
アポロ、アテナ、アプロディテ(ヴィーナス)、エロス(キューピッド)、
ディオニュソス(バッコス)などどともに描かれる。
■画像
左:
ラファエッロ、サンティ Raphael,Santi(1483-1520)
イタリア 盛期ルネサンス
中:
コレッジョ Correggio(1494-1534)
イタリア マニエリスト
右:
エドワード・バーン=ジョーンズ Edward Burne-Jones(1833-1898)
イギリス ラファエル前派