煙草を買いに外に出た。
トントンと階段を降りると、数人の庭師らが家の壁面を這うように茂った蔦に剪定鋏を入れていた。横目でちらりと見てから自販機へ向かう。
戻って来ると、入口附近でラフな格好の大家さんとスーツを着た男が図面を拡げて立ち話をしていた。
「こんにちは。あ… おはようございます」
大家さんが挨拶して来たので、おはようございます、と応えた。
「今日は剪定してるんですよ」
ああ、そうなんですか、と微笑み、階段を昇った。部屋に戻ると、おかえりなさい、と布団の中から姫の声。
「今、外で剪定してるよ」
「センテイ?」
「うん。蔦やら何やら伸び放題やしねぃ」
「え? 伐ってるの?」
「うん。大家さんが職人に指示してたよ」
しばし沈黙する姫。
「ん? どしたぁ?」
「や、トイレの窓の…」
トイレのルーパー窓に絡まった蔦のことを思い出した。
「ああ、絡まった蔦のこと?」
「うん… 伐られちゃうのかなぁ?」
「うん、そーだね。伐られちゃうね…」
「…そっかぁ」
姫の顔色が曇った。
「あたしは別に構わないのに…」
「や。でも、夏になるしねぃ。大家さんトコなんて虫わんさかおるんちゃうかなぁ?」
「可哀想…」
寝る、と云うと、姫は背中を向けて寝入ってしまった。
住居を管理する側である大家さんのベクトル。そこに居住する者のベクトル。そして、双方のベクトルの合致点・共通項として選ばれた物云わぬ植物──。
自然との調和と共存は難しいことなのかも知れない。
自然界は、我々人間が介在することによって、その均衡が著しく崩れる。
人は生まれながらにして罪深い。
──にも関わらず、自然保護団体やら動物愛護団体やら…
俺には醜い綺麗事のようにしか映らない…