「ちょっといいか?」
「ああ、どうした?」
「『嘘』なんだけどな?」
「ああ」
「お前は嘘ついたことあるか?」
「ないぜ」
「それが嘘だろう?」
「フフ、バレたら嘘とは呼ばないさ」
「フフ、相変わらず面白い」
「褒めても何も出ないぜ?」
「まぁ、それは期待してないが。嘘つくときって、お前ならどうする?」
「どう、とは?」
「や、一瞬、罪悪感なりが走らないか?」
「フッ。嘘つく奴には欠片もないだろうさ」
「そう云うものか?」
「ああ、そう云うものだ」
「じゃ、お前はどう思う? 嘘について」
「どうも思わんが知っていることならあるぜ?」
「それは?」
「男は嘘をつくとき視線を逸らす」
「ウム。そうかも知れないな」
「女は嘘をつくとき視線を逸らさない」
「ほう、成る程」
「合点が行くかい?」
「ああ、確かにお前の云う通りだ。縋るような眼で、しかも見据える」
「フフ、そうだろう? わたしを信じて、てな眼だな」
「ああ、そうだったな」
「だから、俺は信じない」
「女性不信… や、人間不信ってやつか?」
「そんな生温いものじゃないさ」
「じゃあ、何だ?」
「俺は何も信じない、自分すらも」
「ほう。寂しくはないのか?」
「寂しい? 何故?」
「や、信じるものがないなんて。寂しいだろう?」
「フフ、そんなものはとうの昔に通り過ぎたよ──」
「何だか、つまらないことを訊いたようだな…」
「や、十分面白いぜ。気にするな」
「割とタフなんだな」
「や、これでも脆いほうさ」
「ただ、やはり。何も信じるものがないなんて…」
「──可哀想な奴?」
「ああ、こう云ったら悪いが。気の毒だぜ…」
「所詮は他人事さ。悪く思う必要はない」
「お前と話してると楽しいんだが。何とも複雑だよ…」
「解けないパズルを渡されたよう、か?」
「ああ、そんな感じだな」
「知らないことのほうが多い──」
「何故、何も信じない? いつからだ?」
「フフ、信じるから肩すかしを食うのさ。いつから? さぁ、どうだか。忘れちまったな」
「忘れたって…」
「俺は、そもそも疑わない」
「ほう」
「信じるってのは解け易い魔法なんだよ」
「魔法?」
「ああ、一番掛かり易い魔法のひとつさ」
「フム……」
「解けたときの虚しさ。それはひとしおさ」
「──脱力感?」
「ああ、ごっそり削り取られる」
「確かに、そうだな……」
「あんな思いは二度とご免さ」
「それでも、お前は疑わないのか?」
「ああ」
「身体が幾つあっても足らんだろう?」
「こんな厄介なもの。ひとつで十分さ」
「──」
「信じても疑っても、なるようにしかならんのさ」
「──」
「どうにもならんことで悩んでも。ま、閑人に任すさ」
「俺が閑人だとでも?」
「フフ、まぁ、余裕はあるほうだろうな」
「ああ、いつも余裕だな」
「でなけりゃ俺なんかと話はしない」
「フフ、相変わらず面白い」
「二度目だぜ?」
「でも、どうして嘘をつくんだろうな……」
「信じたいからさ」
「──!? 信じたい?」
「ああ」
「どう云うことだ? 信じたいなら、自分の首を絞めるような嘘をつく必要はないだろう?」
「そうだな。嘘をつく奴に訊いてみろよ。まぁ、嘘か本当か答えてくれるとも思わんが」
「何だか釈然としないな……」
「じゃ、平たく云ってやるよ」
「頼むぜ」
「いいか。嘘ってのは本当の逆だ。本当を知らなきゃ嘘もつけないのさ」
「そうかもな……」
「てことは、本当を隠したいのさ」
「本当を隠す?」
「ああ、特に大したものでもないからな」
「ムゥ… それで何を信じたいんだ?」
「本当の自分には何もありません、てな──そんな本当を見透かされるのが怖いのさ」
「怖い?」
「ああ、怖がっているから他に縋る──要は『信じたい』ってことさ。他力本願の頂点だな」
「ムゥ… 深いな……」
「そうか? 浅瀬もいいところだぜ?」
「嘘つく奴は信じたいのか……」
「ああ──所で、お前は俺を疑っているか?」
「や、どうしたんだ? 突然。疑ってたらこんな話はしない」
「信じる?」
「ああ、当然だ」
「フフ、そうか。俺はお前からずっと視線を外してるぜ?」
「や、お前が俺に嘘をついているようには感じられない」
「フフ、気に入った──」
「──?」
「お前は自分に正直だ。嘘をつく手間が省ける」
コメント (1)
派生。或いは支流。
「本当を隠す?」
「ああ、特に大したものでもないからな」
「ムゥ……それで何を信じたいんだ?」
「或いは、その本当が相手を傷付けてしまうことを恐れる」
「恐れる?」
「ああ、恐れているから他に縋る──要は『信じたい』ってことさ。他力本願の頂点だな」
いずれにしても、根底に「恐怖」が宿る。
故に、「信じる者は脆くて儚い」と括る。