銀色の匙

コーヒーに砂糖を入れていた僕はティースプーンを必要としていたが、今ではブラックだ。

「コーヒーに砂糖入れるんですね。何かイメージと違いました」

とある後輩にそう云われたのを切欠にブラックに転向したのだが、なる程旨い。コーヒー本来の旨さは砂糖を足したのでは決して分からないのだろう。苦味や香りの違いが顕著だ。喫茶店でバイトをしていた経緯もあり、よく知った香りのはずなのだが、僕は今まで何を飲んでいたのだろうか、そんなことを再認識させてくれた。

 なにも足さない。なにも引かない。

ウイスキー広告のキャッチコピーにこんなフレーズがあったことを思い出す。ジャックダニエルをロックで飲む僕がコーヒーには砂糖を入れる。なる程、彼の緩やかな指摘は整合面からすると的確なのかも知れない。流石はデバッガーさん。観点が鋭角だ。

彼のイメージ通りに生き仰せられるかには自信がないが、一緒にいるときくらい、なけなしの幻影を追わせてやってもバチは当たるまい。あちらに看破されなければ、こちらの思惑は配慮として空気に溶ける。


サントリー ピュアモルトウイスキー 山崎

さて、電子煙草や紙巻き煙草の匂いが充満している15席ほどしかない密閉された喫煙席の中、今、僕の眼の前にはティースプーンの添えられたコーヒーがある。

カップを持ち上げると、フレーバーが鼻孔をくすぐり、置き去りにされたティースプーンの鈍色が角膜に刺さる。

 使われてないのに洗うんだよなぁ。

独り言ちて一服。

 そうだ。次からはティースプーンを断ろう。
 今の僕には必要ない。

従業員の洗い物作業。使われるであろう食洗機、電気、水道、洗剤。間隙を縫っての接客。擦り減る気遣い。剥がれ落ちる笑顔。手間が省ければ他の対応にも時間を割くことができる。

あちらに看破されなければ、こちらの思惑は配慮として空気に溶ける。
つまりは「匙加減ひとつ」ということだ。


コーヒーに添えられた銀色の匙ひとつでそんな脳内球体バブルスを浮かべた僕は環境に優しいセブンスター吸いだ。

そんな感じで♪

*2019.03.26・草稿

___ spelt by vincent.