自問自答の神経衰弱 - 或る角度からの側面

自分の胸に手ぇ当てて訊く必要はねえんだが、そうするとナンボか落ち着くぜ。
手間ぁ端折らず手続き踏むと、案外、実感沸いたりするもんさ。


誰かに責められてる訳でも咎められてる訳でもねえんだが、自分だけが知ってる“やましさ”とやらが、ちらほらと浮かんでくるのさ。

それらを一枚一枚拾っては並べてみるんだ。そして、しばらく眺めてから、また一枚一枚裏っ返してゆく。すると、思いの他、安心するのさ。不思議だろ?

自問てな、そうゆうこと。

でな。自答する必要もねえんだ。自分で裏っ返したんだ。表が何だったかは覚えてるだろ? 忘れちまってたら、また裏っ返せばいい。答えはそこにある。

でもな。本当に自答しなきゃなんねえのは、自問が浮かんで来ねえ問題のほうかも知んねえよな。

だってそうだろ? 自問が浮かばねえってことは、自分の中に“やましさ”どころか、札がねえってことだからな? 切り札なんて言ってる場合じゃねえ。本当に必要なもんがごっそり抜けてるかも知んねえ。


自分の胸に手ぇ当てて訊く必要はねえんだが、そうするとナンボか落ち着くぜ。
手間ぁ端折らず手続き踏むと、案外、実感沸いたりするもんさ。

俺ぁ、そう思うんだよ。
まぁ、何となくだけどな。

___ spelt by vincent.