「罠を仕掛けたね?」
「え?」
夕食を終えた彼が箸を置きながら訊いた。彼女は穴の開いたような顔で彼を見つめる。
「罠?」
「ああ。まんまと嵌ってしまったよ」
「えっと、よく分からないのだけれど…」
「とぼけるのもうまい」
彼が微笑んだ。
「こんなご馳走は罠に違いない」
「何故?」
「また食べたくなる」
「ふふ。気に入ってもらえて嬉しいわ」
「実に巧妙だ」
「そうかしら」
彼が彼女を見つめた。
「僕以外には使用禁止だな」
「どうして?」
「危険だから」
「もし破ったら?」
「僕が哀しむ」
「まぁ」
「また作りに来てくれるかい?」
「いいわよ。次は何が食べたいの?」
「君かな?」
「あら。ストレートね」
「や、ほんのジャブさ」
「口の減らない人」
「口はひとつさ」
彼が愉快そうに笑う。
「次っていつの話かしら?」
彼はテーブルの上に合鍵を置いた。
「君が決めてくれよ」
「罠?」
「ああ。仕掛けられたら仕掛け返す」
「律儀なのね」
「や、我慢が足らないだけさ」
「うふふ。面白い人」
彼女は微笑むと、合鍵を手に取った。
「で、次はいつかな?」
「教えたらサプライズにならないわ」
「ふふ。君のほうが一枚上手か」
彼女が悪戯っぽく微笑み掛けた。
「嵌ってくれるの?」
彼が照れ笑いを浮かべる。
「嵌らなければ罠じゃない」
ふたりだけの空間に甘い香りが立ち込めた。
*2008/06/29-07/01 臨海隔離施設にて